ブログに綴る鉄旅の記録

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北京上海の旅 その4 -頤和園 #1-

2011.10.22 (Sat)
■2日目 2011.10.15

前回の続き)上海までの切符を購入したあとは地下鉄で頤和園へと向かいます。
頤和園
 
北京地下鉄を乗り継ぎ4号線の北宮門駅で下車。徒歩10分で目的の頤和園に到着。

頤和園は5年前のツアーで最初に観光した場所。当時は午後に北京空港に到着し
そのまま空港からバスで頤和園に直行、確か4時ぐらいから閉園までの1時間で
楽寿堂から長廊の途中までを見ましたが、頤和園にはほかにも見どころがたくさん。
今回はそのリベンジです。(笑)
 
東宮門
 
さっそく入場券を購入して入場。料金は門票のみが30元(冬期は20元)、
文昌院、仏香閣、蘇州街の各入場券が付いた通し券が60元(750円)です。

ただ、あとで分かったのですが、文昌院と蘇州街は時間が少なければ無理に
入場するほどでもなかったので、門票を買って入場、仏香閣の入り口で別に
10元払えば十分だったような思います。

ちなみに、東宮門は頤和園の正門で中央の門は皇帝や皇后の専用の「御路」、
王族や大臣は両側の門、宦官や兵士はさらに脇の通用門を使用。頤和園と
書かれた扁額は光緒帝の揮毫(きごう:毛筆で何か言葉や文章を書くこと)と
言われているそうです。

仁寿門
 
東宮門を通りまっすぐ進むと仁寿門、そして仁寿門をくぐると仁寿殿があります。

仁寿殿
 
仁寿殿は皇帝が政務を執る建物で、当初乾隆帝によって建てられた建物は
勤政殿。1860年の英仏連合によって焼失、1888年に再建され仁寿殿に改名。
1902年以降は西太后と光緒帝が外国公使などとここで接見したそうです。

 
仁寿殿の前庭に並ぶ瑞獣(ずいじゅう:古代中国の霊獣)の銅像のうち、麒麟は
特に造形が優れていると言われています。

玉瀾堂
 
玉瀾堂は仁寿殿のうしろに建つ四合院形式の建物。光緒帝の居所で軟禁された
場所でもあります。このあとは玉瀾堂の北側にある宜芸館に向かいます。

宜芸館(ぎげいかん)
 
玉瀾堂の次は光緒帝の皇后・隆裕皇后の居所だった宜芸館です。

楽寿堂
 
宜芸館の次は西太后が暮らした楽寿堂です。西側には(非公開の)寝室、
門の前には西太后が昆明湖の遊覧に使用した船着場があるそうです。

邀月門(ようげつもん)
 
続いて、邀月門から頤和園の一番の見所というべき長廊へと向かいます。
(10/23 「上海広州の旅 その4」に続く)
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