ブログに綴る鉄旅の記録

旅行記を毎日ダラダラと綴っています。旧ブログ民の記事を順次引越し中。@付記事は現地・携帯からの投稿です。

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青い森鉄道・大湊線 青森-野辺地-下北(2013/8/15)

2013.08.24 (Sat)
北海道&東日本パスで行く奥羽本線と旧・東北本線を乗り潰す北東北周遊の旅です。
青森駅
 
前回の続き)最終日は大湊線と旧・東北本線を乗り潰してから新幹線こまちで帰京します。

出発前に駅舎を撮影。ウィキペディアによると、地元は老朽化により建て替えたいものの、
移転とか橋上化とか、いろいろ意見があり難航中。(つまり、当分このままってことか(笑))

奥の斜張橋は青森ベイブリッジ。名称は当時はやりの横浜ベイブリッジからとったらしいが、
正直・・・(自主規制)。まぁ横浜ベイブリッジが出来たてのころは私も週末になると千葉から
大黒埠頭までわざわざ行ったクチなのでベイブリッジに憧れる気持ちは理解できるけどね。
 
 
乗車する列車大湊行きの快速しもきた。予定では大湊の一つ手前、本州最北の駅下北で
途中下車し駅周辺を散策。そのあと次の大湊行きに乗車し一旦終点の大湊に行ってから
そのまま折り返しとなる乗ってきた列車に乗車して野辺地に戻ります。(車輌はキハ100系)

下北駅
 
快速しもきたは青森を出発すると野辺地までは青い森鉄道線を走行。ちなみに、気動車で
運転される大湊線(や八戸線・津軽線)直通の列車はJR東日本の運転士(と車掌)が乗務。
野辺地で進行方向を変え大湊線を快走。快速運転で途中停車駅は陸奥横浜と下北のみ。
それでも結構時間がかかるもので、青森から1時間30分で目的の下北に到着。

 
ホームは単式1面1線。現在は柵が設置されているホーム裏側が大畑線が使用していた
旧1番線。大畑線廃止は2001年3月末なので廃止から干支がもう一巡しちゃってますね。

 
現在の駅舎は2009年に供用開始。記憶にはないが、2008年にクルマで通ったときに見た
駅舎はこれとは違う旧駅舎だったらしい。

 
下北で下車した乗客のほとんどがバスやタクシーで下北半島の観光に向かう中、私一人
炎天下を歩いて大畑線の廃線跡へ。記憶では2008年は踏切跡があったと思うのですが、
きれいに舗装されていました。(写真は下北駅方向の線路跡。後ろに見える山は釜臥山)

 
こちらは反対の旧大畑駅方向。草が刈られていて廃線跡を歩けそう。将来的には廃線跡
定番のサイクリングロードにでもするのでしょうか?

さて、大畑線跡地を見たあとは下北駅方向に戻り、次は大湊寄りにある駅近くの鉄橋脇で
折り返しの上り列車を撮影・・・とカメラを構えて待ったものの、時間になっても列車が来ず。
ローカル線なら多少の遅延はありますが、自分の乗ってきた列車の折り返しだから大湊に
列車が到達してることは確実。これは何かあったなと恐る恐るスマホで検索すると・・・

 
大湊線 信号故障により運転見合わせ』!?

・・・やられたぁ~。結局予定していた次の大湊行き乗車は不可能となり、大湊線は下北-
大湊の一駅を乗り残したまま代行バスに乗せられ野辺地へと無念の撤退。それどころか
代行バスの時間の関係で予約しておいたスーパーこまちの乗車も不可能。(※)

ただ、これはモバイルSuica特急券の利便性が発揮され東京に帰る客がみどりの窓口に
殺到する中、手元のスマホでささっと予約変更。残念ながら、お盆で千葉到着が深夜に
なってしまう列車しか空きがなかったのですが、無事別のスーパーこまちの座席を確保。
なんとか今日中に家に帰ることができそうです。

※代行バスが早めに準備され実は変更しなくても乗れたっぽい
このあとは代行バスに乗車し野辺地へと向かいます。(次回に続く)



(2014年6月3日更新)
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