ブログに綴る鉄旅の記録

旅行記を毎日ダラダラと綴っています。旧ブログ民の記事を順次引越し中。@付記事は現地・携帯からの投稿です。

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烏山線 滝駅(2013/8/4)

2013.08.06 (Tue)
2013年夏の青春18きっぷで行く烏山線と日光線乗り潰しの旅です。
太平寺
 
前回の続き)宇都宮から烏山行きの普通列車に乗車して約50分で滝に到着。

まずは、駅から歩いて5分ほどのところにある太平寺を参拝。(現地にあった那須烏山市の
案内板によると)、創建は803(延暦22)年坂上田村麻呂が蝦夷討伐のおりに大願成就を
祈願して千手観音菩薩像を安置し堂宇を建立したのが始まりと伝えられ、848(嘉祥元)年
慈覚大師円仁により滝尾山正眼院太平寺が開基。
 
 
(最初の写真の)山門(仁王門)は江戸時代に作れれたものとされ、正面には奉納された
大草鞋がかけられ、中には左右には金剛力士像を安置。こちらが口を開いたの阿形像。

 
反対側には結んだ吽形像。どちらも江戸中期の作と言われていますが、作者不明。

本堂
 
室町後期まで領主那須氏の庇護のもと、たびたび堂宇の修繕が行われ、一旦隆盛するも
1590(天正18)年に那須氏が小田原に参陣しなかったことにより改易され衰退。

位牌堂
 
江戸時代に入り1725(享保10)年大久保常春が烏山へ転封後、観音堂の大改修が行われ
大久保家の菩提所となり再び隆盛。本堂の隣には位牌堂があり中に大久保家累代位牌が
収められてます。ちなみに、川口松太郎氏の小説「蛇姫様」のモデル(の一人)は2代藩主
大久保忠胤の四女、於志賀姫と言われ、その墓とされる墓地も裏に残っています。

龍門の滝
 
さて太平寺を参拝したあとは滝駅の名前の由来にもなっている龍門の滝に移動。この滝は
那珂川に注ぐ江川にかかり(同じく現地案内板によると)幅65m高さ20m大蛇が住むという
伝説から「龍門」と名付けられたそうです。

地図を見てもらうと分かるのですが、龍門の滝は滝の上に(道路と)烏山線がとおり、実は
鉄道写真の撮影地として有名。この後すぐに乗車した列車が烏山から折り返して来るので
急いでカメラを構えシャッターチャンスを待ちます・・・が、初めて来たので縦位置関係が
イマイチ良く分からず。滝近くに寄っては列車が見えそうになく、少し階段を登った高さから
撮影したのですが・・・

 
・・・うわぁ、思った以上に線路際に草木があるぅ~(もうちょっと上からのほうが正解でした)
しかも白と緑の烏山線カラーじゃ色が映えない(国鉄色向きですね)。と言う訳で惨敗(笑)。
このあとは滝駅に戻り烏山線の終点烏山へと向かいます。(次回に続く)

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