ブログに綴る鉄旅の記録

旅行記を毎日ダラダラと綴っています。旧ブログ民の記事を順次引越し中。@付記事は現地・携帯からの投稿です。

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高崎鉄道ふれあいデー2012 #1(2012/9/8)

2012.09.10 (Mon)
JR東日本高崎支社の「高崎鉄道ふれあいデー2012」です。
車輌展示
 
お盆休みの乗り鉄で使い残した青春18きっぷ1回分を使用して、高崎駅南側留置線で
開催された「高崎鉄道ふれあいデー2012」に行ってきました。なお、今回はこの日の夜に
横浜の友人と中華街で会う約束をしていたので八高線と横浜線を乗り潰す旅も兼ねます。

高崎駅新幹線側南口を出て新幹線の高架に沿って東京方に5分ほど進むと会場に到着。
まずは貴重な機関車が並ぶ車輌展示へ直行。では、左から順に紹介します。
 
EF64形(左)、EF55形(右)
 
まずは左のEF64 39。EF64形は福島-米沢で運用されていたEF16形を置き換える目的で
勾配線区用標準機として設計され1964年から制作されました。この39号機は1986年に
八王子機関区から高崎第二機関区(現・JR貨物高崎機関区)に転属しJR東日本が継承。
同形式の多くが廃車になる中、希少な1台となっています。

続いて右のEF55 1。率直に言えば今日はこれを見に来たと言っても過言じゃないくらい。
EF55形は戦前の1936年に製造。デザインは当時流行していた流線形を取り入れ先頭が
前後非対称となりました。しかし、最高速度95km/h程度では流線形の意味が無いことや
電気機関車でありながら転車作業が必要だったことから製造は3両で終了。

この1号機は1964年に廃車され中央鉄道学園の教習用となり1978年に準鉄道記念物に
指定。その際スカートや連結器カバーが復元されました。そのあと中央鉄道学園での
静態保存、高崎第二機関区に移され転車台脇に留置、1985年に機関区有志の手により
構内運転可能な状態にまで整備を経て、1986年に大宮工場で動態復元され車籍が復活。

国鉄分割民営化でJR東日本が継承し、「EL&SL奥利根号」や「EF55奥利根号」を中心に
臨時列車やイベント列車で活躍したものの、2008年にさよなら運転を行い、現在は車籍を
残したまま高崎車両センターで静態保存されています。

 
時間が経過し、EF64形は「はつかり」のヘッドマークを掲出。

D51形(左)、EF65形(中)、DD51形(右)
 
D51 498

次はおなじみのD51 498。D51形は蒸気機関車の中でもっとも製造両数が多かった形式で
旅客・貨物列車を牽引し全国で活躍、「デコイチ」の愛称で親しまれました。この498号機は
上越線後閑駅に静態保存されていたものを1988年JR東日本大宮工場で復元。その後は
群馬県内を中心に各地で臨時列車を牽引。私も何度か地方で撮影したことがあります。

 
最後はEF65 501とDD51 842。EF65形はEF60形に続く平坦線区向け直流電気機関車の
標準形式として1965年に開発。1979年まで国鉄電気機関車史上最多の308両製造。
この501号機は500番台のトップナンバーにして本線走行可能な唯一の500番台。事実上
動態保存車となっています。

DD51形は無煙化を推進するために幹線用主力機として開発されたディーゼル機関車で
1962年から1978年までに649両製造。性能は速度面でC61形を、牽引力でD51形を
上回る性能を持つように設計されています。この842号機は1973年の千葉県若潮国体で
お召し列車を牽引。以降、何度かお召し列車の先頭に立ち活躍。ほかのDD51形と違って
デッキや手すりにステンレスを用いた装飾がなされています。

 
時間が経過し、D51形に「はやぶさ」、EF65形に「ゆうずる」、DD51形に日章旗を掲出。
次回は機関車の車輌展示以外の車輌を紹介します。(次回に続く)
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